【専門家解説】認知症や障がいのある人の遺言は有効?条件・手続き・実務上のポイント
「親が認知症気味だけど、今からでも遺言は作れる?」
「知的障がいがある子ども本人名義で遺言ってできるの?」
現場でよく出てくるこうした不安は、“遺言能力”と手続きの理解不足から生まれているケースが多いです。
この記事では、
認知症や障がいのある人でも遺言ができるのか
どんなときに遺言が無効になりうるのか
成年後見人がついている場合の特別ルール
トラブルになりにくい実務上の工夫
までを、できるだけ分かりやすく整理して解説します。
1. 認知症だからといって「必ず遺言が無効」なわけではない
結論からいうと、
認知症だからといって自動的に遺言が無効になるわけではありません。
重要なのは「遺言をした“その時点”に、内容を理解できるだけの判断力があったかどうか」です。
普段は物忘れが多い
認知症の診断を受けている
要介護認定を受けている
といった事情があっても、
遺言を作成したタイミングで、誰に何を渡すか自分で理解して決められていれば、遺言が有効と判断される余地があります。
一方で、症状が相当程度進んでいて、
人物や日時がほとんど分からない
自分の財産の概略が全く把握できない
遺言内容の意味を理解できていない
といった状態で作成された遺言は、「遺言能力がなかった」として無効になる可能性が高くなります。
2. 遺言能力って何?法律上の考え方
2-1. 遺言能力=「遺言内容を自分で理解して判断できる力」
民法では、
遺言は満15歳以上ならできる
遺言のときに「能力」があればよい
と定められています。
ここでいう「能力」は、一般に**意思能力(自分の行為の結果を理解する力)**と解されています。
つまり、
「自分がどの財産を誰に渡すか、それによってどんな結果になるかを理解して判断できるか」
がポイントになります。
泥酔状態でよく分からずに書いた遺言や、重度の認知症でほとんど理解できていない状態で書いた遺言は、
意思能力がない=遺言能力なしとされて無効になる可能性があります。
2-2. 制限行為能力者でも遺言はできる
民法では、
未成年者
成年被後見人
被保佐人
被補助人
など、一般の契約行為については“制限行為能力者”として保護する仕組みがありますが、
遺言については特別扱いです。
15歳以上であれば、原則「誰でも」遺言できる
制限行為能力者でも、遺言については原則として自分一人で有効に行える
というルールになっています。
背景には、
遺言はその人の最後の意思として最大限尊重すべき
子の認知など身分行為も含まれる
遺言の効力が生じるのは「死亡後」であり、本人保護の必要性は他の契約ほど高くない
といった考え方があります。
ただし、成年被後見人の場合だけは特別な手続きが必要です(後述)。
3. 成年被後見人が遺言をする場合の特別ルール
3-1. 2つのハードルがある
成年被後見人(判断能力が欠ける常況にあると家庭裁判所が判断し、後見開始の審判を受けた人)が遺言をする場合は、
一時的に事理弁識能力(物事を理解し判断できる力)を回復していること
医師2名以上の立会いがあること
という特別な条件を満たす必要があります。
さらに、立ち会った医師は、
「遺言時点で遺言者が事理弁識能力を欠く状態ではなかった」
という趣旨の文言を遺言書に書き込んで署名・押印することが求められます。
3-2. 自筆証書遺言と公正証書遺言で違うポイント
自筆証書遺言の場合
本文・日付・署名を自筆し、押印する
その一連の作業をしている間、
→「自分が今、遺言を書いている」「どんな内容を書いているか」を理解できている必要があります。
公正証書遺言の場合
公証人に遺言内容を口頭で伝える
公証人が内容をまとめて読み聞かせる
本人が内容を確認して署名・押印する
この一連の流れの間、
→「意味を理解し、自分の意思として確認できている状態」が求められます。
そして、医師2名はその間途切れずに立ち会う必要があると解されています。
3-3. 成年被後見人でない認知症の方の場合
認知症の診断はあるが、まだ後見開始の審判を受けておらず、成年被後見人になっていないケースも多くあります。
この場合、形式的には「成年被後見人ではない」ため、
法律上は医師2名の立会いは必須ではありません。
ただし、
相続発生後に「本当に判断能力があったのか?」と争われやすい
遺言無効訴訟の対象になりやすい
といった現実的なリスクがあります。
そのため実務的には、
できる限り公正証書遺言にする
医師の診断書や立会いを付ける
遺言作成時の様子を録音・録画しておく
など、後から「確かに自分で理解して決めていた」と説明できる材料を残しておくことが非常に重要です。
4. 被保佐人・知的障がいのある方の遺言
4-1. 被保佐人の遺言
被保佐人は、判断能力が著しく不十分であると認定された人ですが、
遺言については保佐人の同意は不要です。
財産の贈与・借金・保証など
→ 保佐人の同意が必要な場面が多い遺言
→ 本人単独で可能(ただし遺言能力=意思能力は必要)
とはいえ、判断能力の低下が進行している場合もあるため、
「その時点で内容を理解できていたか」が後から問題になり得ます。
4-2. 知的障がいのある方の遺言
知的障がいがある方も、年齢が15歳以上で、遺言内容を理解できる状態であれば遺言は可能です。
単純な内容であれば理解できる
誰に何をあげたいか本人の意思がはっきりしている
といったケースでは、本人の意思を丁寧に汲みとりながら遺言を作ることが現実的です。
ただし、こちらも
本当に内容を理解できていたか
誰かに誘導されていないか
が後から争点になることがあるため、
公正証書遺言にする
医師の診断書を添付しておく
日常の様子やコミュニケーションの状況を記録しておく
などの工夫が有効です。
5. トラブルを防ぐための実務的なポイント
認知症や障がいのある方の遺言は、
**「作れるかどうか」だけでなく「後で争いになりにくいかどうか」**が重要です。
実務的には、次のような対策が考えられます。
5-1. 公正証書遺言を基本に検討する
公証人が内容を確認しながら作成する
本人の理解度や受け答えの様子を、公証人が記録してくれる
形式不備で無効になるリスクが低い
自筆証書遺言に比べて費用はかかりますが、
認知症や障がいが関係するケースでは公正証書遺言の方が圧倒的に安全です。
5-2. 医師の関与をできるだけ入れておく
遺言作成前に医師の診察を受け、診断書を取る
必要に応じて遺言当日に医師の立会いをお願いする
成年被後見人の場合は民法上の要件(医師2名)を必ず満たす
「その時点で意思能力があったかどうか」は、
医師の診断書や立会い記録がもっとも説得力を持ちます。
5-3. 遺言作成の経緯や状況を“見える化”する
なぜこの内容の遺言にしたのか
日頃から同じような希望を話していたか
誰が関与して、どのように作成に至ったのか
を、
メモ
家族の記録
音声・動画
などで残しておくと、後から「本人の自由な意思だった」と説明しやすくなります。
5-4. 遺言だけでなく、後見・信託との組み合わせも検討する
認知症や障がいがある方については、
遺言(亡くなった後の分け方)だけでなく
成年後見・任意後見(生前の意思決定の支援)
家族信託(お金の管理・運用)
などを組み合わせて設計する方が安全なケースが多いです。
「誰に何を残すか」だけでなく、
「その人が今後どう暮らしていくか」までを含めたトータル設計を意識すると、親なき後の安心感が大きく変わります。
6. まとめ|“今のうちに”準備すれば、選べる選択肢は増える
認知症や障がいがあっても、状況によっては有効な遺言は作成できる
ポイントは「遺言時点で内容を理解していたか」
成年被後見人は医師2名の立会いなど特別ルールがある
被保佐人・知的障がい者も、意思能力があれば遺言は可能
公正証書遺言+医師の関与+記録化で、後日のトラブルを大きく減らせる
大切なのは、
「まだ大丈夫」と先送りしすぎないこと
です。
判断力に不安が出る前、あるいは軽い段階のうちにこそ、
ご本人の意思を形にしやすく、選べる手段も多くなります。
障害を持つ子どもの親亡き後を支える会
〒103-0013
東京都中央区日本橋人形町3-3-5 6階605
〒231-0032
神奈川県横浜市中区不老町1-6-9 第一HBビル8階A
TEL:0120-905-336