相続人に精神障害の方がいる|署名が難しい…任意後見+家族会議で合意形成した事例

相続人に精神障害の方がいる|署名が難しい…任意後見+家族会議で合意形成した事例

相続は「相続人全員の合意」が原則です。ところが、精神障害(双極性障害・統合失調症など)で体調が波打つ方が相続人にいると、署名・押印のタイミングが合わず、遺産分割協議が止まってしまうことが珍しくありません。

この記事では、「無理に署名させない」を大前提に、任意後見(元気なうちの備え)家族会議(合意形成の場)を組み合わせて、相続手続きを前に進めた実務事例をもとに、初心者の方でも行動できる形で解説します。

※具体的な判断(意思能力・代理権の範囲・利益相反など)は個別事情で変わります。記事内では、家庭裁判所や金融機関で実際に求められやすい観点を、できるだけ噛み砕いて紹介します。

結論:署名が難しいときの「最短ルート」は3つ

結論(先に答え)

精神障害がある相続人の署名が難しいとき、現実的な前進策は次の3つです。

  1. 体調が安定している時期に、支援者同席や説明資料の工夫で本人が納得して署名できる形を作る
  2. (元気なうちに契約してあるなら)任意後見を発動し、代理人として遺産分割協議に参加して進める
  3. すでに判断能力が足りず契約もない場合は、法定後見(後見・保佐・補助)で手続きを動かす

ポイントは、「どの制度が正しいか」ではなく、「本人の権利を守りながら、手続きを止めない設計」にすることです。

重要:「急いでいるから」と無理に署名をもらうと、あとで「理解していなかった」「同意していない」と争いになり、協議書ごとやり直しになることがあります。焦りほど逆効果になりやすい場面です。

まず確認:その署名は「有効」と言える?

遺産分割協議書は、相続人全員が合意して初めて有効になります。精神障害があっても相続人としての権利は同じですが、実務では「その時点で内容を理解し、意思表示できているか」が問われます。

チェックの観点(実務で見られやすいポイント)

  • 説明の理解:「何をどう分けるか」を、自分の言葉で言い直せるか
  • 不利益の理解:自分の取り分が少ない/不動産を取得しない等の不利益も理解できているか
  • 意思の安定:その場でOKでも、翌日には「聞いてない」となりやすい状態か
  • 影響の排除:誰かの圧力・誘導で言わされていないか(特に同居家族)
  • 体調の波:症状が重い時期(不眠・妄想・強い不安など)に無理をしていないか

「署名が難しい」には2種類あります

① 体調や不安でサイン行為ができない(拒否・混乱・極度の緊張)
② そもそも判断能力が足りず、合意の土台が作れない

①なら「説明の工夫+家族会議」で前に進む可能性があります。②なら後見(任意/法定)を含めた仕組みが必要です。

選択肢の整理:支援して署名/任意後見の発動/法定後見

「後見を使うべきか」を迷うときは、制度名から入るより、“今の困りごと”に対して誰が何を代わりにやる必要があるかで整理すると判断しやすくなります。

選択肢 向いている場面 強み 注意点
支援して署名 理解はできるが不安が強い/体調の波がある 本人の自己決定を最大化しやすい 無理に進めると後で争いになりやすい
任意後見(発動) 元気なうちに契約済み/今は署名が困難 代理権を必要範囲に絞りやすい/監督人のもとで進めやすい 契約がないと使えない/代理権の範囲設計が重要
法定後見(後見・保佐・補助) 判断能力が足りず合意の土台が作れない 裁判所の枠組みで止まっていた手続きを動かせる 運用が重くなることも/本人の自由が制限される場面がある

この記事の立ち位置

今回は「相続人に精神障害の方がいる」「署名が難しい」という状況で、任意後見(発動)+家族会議により、本人保護と合意形成を両立したケースを中心に解説します。

事例:任意後見+家族会議で合意形成した流れ

家族構成(例)

  • 亡くなった方:父
  • 相続人:子2人(兄・妹)+母(すでに他界の設定でも同様)
  • 相続人のうち1人(妹)が精神障害で通院中。体調の波があり、強い不安が出ると書面手続きが止まる

※個人が特定されないように一部設定を調整した「実務型の再現事例」です。

起きていた問題

  • 妹さんは「相続の話=責められる」と感じやすく、話し合いの場に出ると動悸・過呼吸が出る
  • 署名の直前で「怖い」「やっぱり無理」となり、協議書が完成しない
  • 兄は早く不動産の名義変更をしたいが、無理に進めると関係が壊れる
  • 父の預金が凍結し、当面の支払い(固定資産税・管理費等)も気になっている

この家の「前提条件」が大きかった

生前にしていたこと

父の生前、妹さんが比較的安定している時期に、任意後見契約を公正証書で作っていました。契約の中で、将来必要になったときに、任意後見人が財産管理や重要書類の手続きを代理できるように設計していたのがポイントでした。

実際に進めたステップ(全体像)

  1. 情報整理:財産一覧・相続人関係・遺言の有無を先に固め、話し合いを「短く・具体的」にする準備
  2. 家族会議:妹さんの不安を減らす設計(時間・場所・人数・言葉)で、合意の素案を作る
  3. 任意後見の発動:家庭裁判所で任意後見監督人が選任され、契約が効力を持つ状態に
  4. 遺産分割協議:監督人の枠組みのもと、任意後見人が妹さんの代理として参加し、協議書を完成
  5. 名義変更・解約:不動産・預金等の手続きを進め、妹さんの生活費管理は「月次の支払い設計」へ

合意形成で効いた「工夫」

工夫は“制度”より“場づくり”

  • 会議は60分以内、途中退席OK、席の位置は「対面で詰めない」
  • 議題は3つだけ(①何を誰が引き継ぐ ②妹さんの生活の安定 ③今後の連絡方法)
  • 「公平」ではなく「妹さんが困らない設計」を軸に言葉を統一
  • 合意の内容は「難しい文章」ではなく、まず箇条書きで共有

結果(何が良くなったか)

  • 妹さんが「責められていない」と感じられ、話し合いの継続が可能に
  • 任意後見の枠組みで、署名の問題を“本人の負担”ではなく“手続設計”として解決
  • 兄も名義変更を進められ、支払いの不安が減った
  • 家族関係を壊さず「次の10年」を見据えた支援体制を整備できた

家族会議の作り方:揉めない「段取り」と「言葉」

精神障害がある方との合意形成は、内容以前に会議の設計で結果が大きく変わります。ここでは、初心者の方が真似できる形に落とします。

事前準備(会議の前にやること)

  • 参加者を絞る:基本は「相続人+必要最小限の同席者」。人数が増えるほど緊張が上がります。
  • 資料はA4 1枚に:財産の全詳細ではなく、まずは「論点」だけ。情報過多は不安を増やします。
  • 場所と時間:落ち着く場所/午前など体調が良い時間帯/60分以内。
  • 合図を決める:苦しくなったら中断・退席できる合図(言葉でもOK)を先に共有。

当日の進め方(この順番が安全)

  1. 最初に安心を作る:「今日は決め切らなくていい」「嫌ならやめていい」を最初に言語化する
  2. 目的を1行に:“みんなが困らない形で手続きを進める”など、責めない目的に統一
  3. 選択肢を2〜3個だけ提示:多すぎる選択は混乱します
  4. 合意は「仮」でいい:まずは箇条書きの合意メモ→後日、協議書に落とす
  5. 次回の約束:終わりに「次はいつ・何をするか」を決め、見通しを作る
会話の注意:「普通は」「みんな我慢してる」などの言葉は、精神障害のある方の自己否定や恐怖を強めがちです。代わりに、“困っていること”を一緒に解決する言葉に置き換えましょう。

議事メモ(議事録)のポイント

後で揉めないための“最低限”

  • 日時・場所・参加者(同席者がいれば役割も)
  • 決まったこと(箇条書き)と、決まっていないことを分ける
  • 本人の希望は「本人の言葉」に近い形で短く残す
  • 次回の予定(いつ/誰が/何を準備)

※議事メモは、本人を縛るためではなく「誤解を減らすため」に作る、と位置づけると受け入れられやすいです。

任意後見を相続で使う:発動~遺産分割協議までの手順

任意後見は、元気なうちに結んでおく契約です。ポイントは、契約があるだけでは足りず、家庭裁判所で任意後見監督人が選任されて初めて効力が生じる点です。

(1)まず確認すること:契約の「代理権」は足りている?

任意後見契約には、任せる範囲(代理権)が書かれています。相続で止まりやすいのは、次のような場面です。

  • 遺産分割協議への参加(協議書の締結を含む)
  • 預金解約・払い戻し、証券口座の手続き
  • 不動産の名義変更に必要な書類の手配

代理権が足りないと、任意後見を発動しても「そこは代理できない」状態になり得ます。契約内容の確認が最初の一歩です。

(2)発動の手順:任意後見監督人の選任申立て

誰が・どこへ

原則として、本人の住所地の家庭裁判所へ、任意後見監督人の選任を申し立てます(本人・配偶者・四親等内親族・任意後見受任者などが申立人になり得ます)。

費用の目安(代表例)

  • 申立手数料:収入印紙800円分
  • 登記手数料:収入印紙1,400円分
  • 連絡用郵便切手:家庭裁判所ごとに指定あり
  • 必要に応じて鑑定費用が必要になる場合あり

※手続きには一定の期間がかかり、鑑定があるとさらに延びることがあります。余裕をもった設計が重要です。

(3)実務で重要:利益相反になっていないか

注意:任意後見人が相続人(きょうだい等)だと、遺産分割協議では立場がぶつかる(利益相反)可能性があります。
この場合は、第三者(専門職など)を任意後見人にする/場面限定で別の代理設計をする等、最初から“揉めない構造”にしておくのが安全です。

(4)協議書作成~各手続きへ

  1. 家族会議で合意の「素案」を作る(本人の不安を下げる)
  2. 任意後見発動(監督人選任)で代理の枠を整える
  3. 遺産分割協議書を作成(代理人として署名・押印の整理)
  4. 預金解約/不動産名義変更/相続税申告等を順に進める

「つなぎ資金」が必要なとき

遺産分割がまとまるまでの間でも、一定の範囲で相続預貯金の払戻しができる制度があります(上限等あり)。葬儀費用・当面の支払いが詰まっている場合は、早めに選択肢として検討します。

相続手続きの全体像:誰が・いつ・どこで・何を

「手続きが多すぎて混乱する」方のために、相続の流れを実務で止まりやすい順に整理します。任意後見や家族会議は、④で詰まりやすいときの“突破口”です。

STEP いつ 誰が どこで/何を
1 直後~ 家族 遺言の有無確認/死亡後の手続き(役所・年金等)
2 ~数週間 代表者 戸籍収集で相続人確定/財産調査(預金・不動産・保険等)
3 ~1〜2か月 相続人 財産一覧の共有/論点整理(誰が何を引き継ぐか)
4 相続人全員 遺産分割協議(精神障害の相続人がいると止まりやすい)
5 協議後 取得者 名義変更(不動産)/解約(預金・証券)/分配
6 期限あり 納税者 相続税申告(該当する場合)/登記申請の期限管理

ここが実務の山場

精神障害の相続人がいる場合、山場はほぼSTEP4(遺産分割協議)です。
だからこそ、「家族会議(合意の素案)」→「必要なら後見(署名の壁を越える)」の順で組むと、本人保護とスピードの両方を取りやすくなります。

注意点:利益相反/福祉制度/相続税・登記の期限

(1)利益相反:家族が代理するときに起きやすい

要注意:代理人が「自分の取り分」も決める立場だと、本人の利益が薄くなるリスクがあります。
“本人の利益だけを守る視点”が必要な場面では、第三者関与(専門職・監督設計など)を検討してください。

(2)福祉制度:相続したお金で「支援」が途切れないように

不安をあおらず、現実として押さえるポイント

  • 障害年金は、相続で直ちに止まるものではありませんが、生活設計全体は見直しが必要になることがあります。
  • 生活保護など、資産や収入の状況が影響しやすい制度を利用している場合は、受け取り方・管理方法で結果が変わることがあります。
  • 「一括で現金を渡す」より、月々の生活費に落ちる仕組み(支払いの自動化・管理口座の分離・信託等)をセットで考えると安心が続きます。

(3)期限:相続税と相続登記は“後から効く”

  • 相続税:該当する場合、申告・納付の期限があります(一般に10か月)。
  • 相続登記:不動産を取得したことを知った日から一定期間内に申請が必要です(義務化)。

「協議が止まったまま期限が迫る」ケースは現場で多いです。だからこそ、後見や調停など“止めない手段”を早めに検討します。

(4)つなぎ資金:遺産分割前の払戻し制度

困りやすい場面

相続人の署名が揃わず協議が長引くと、預金凍結で支払いが詰まることがあります(固定資産税、管理費、葬儀費用、当面の生活費など)。

このとき、条件の範囲内で、遺産分割前でも相続預貯金の払戻しが可能な制度があります。“限度額・計算式・金融機関ごとの上限”があるため、必要額と期日から逆算して検討します。

よくある失敗:止まりやすいポイントと回避策

失敗1:とにかく署名だけ取ろうとする

焦るほど、本人の不安が増えます。回避策は、会議の設計(短く・少人数・合図)と、必要に応じた後見の検討です。

失敗2:「公平」を押し付けてしまう

精神障害のある方は「責められた」と感じると硬直しやすい傾向があります。“困らない設計”に言葉を揃えるだけで進み方が変わります。

失敗3:任意後見があるのに「発動の手順」を知らない

契約があっても、監督人選任がないと動かせません。発動までに時間がかかる前提で、早めに段取りを組みます。

失敗4:代理人が相続人で利益相反が発生

本人の取り分が薄くなる設計は、後で争いになりやすいです。最初から第三者関与や監督設計を考えます。

失敗5:期限(税・登記)を見落とす

「話し合いが止まっているうちに期限が来た」が一番痛い失敗です。期限は別軸で管理し、必要なら調停等も含めて“止めない手段”を検討します。

Q&A:現場でよく聞かれる質問

Q1. 精神障害があると相続人から外れますか?

A. 外れません。精神障害・知的障害があっても相続人としての権利は同じです。問題になりやすいのは、遺産分割協議で「理解して同意できるか」という実務面です。

Q2. 任意後見があれば、相続の署名問題は必ず解決しますか?

A. “必ず”ではありません。契約内容(代理権の範囲)や利益相反の有無で進め方が変わります。ただ、契約が適切に設計されていれば、署名が難しい局面で大きな突破口になります。

Q3. 本人が「嫌だ」と言うときはどうすれば?

A. まずは理由を分解します。「内容が不安」なのか、「責められるのが怖い」なのか、「体調が悪い」なのかで対応が変わります。家族会議の設計を変えるだけで前に進むこともありますし、判断能力が足りない段階なら後見等が必要になります。

Q4. 遺産分割が長引くと困る支払いはどうしますか?

A. つなぎ資金が必要なら、遺産分割前の払戻し制度などを検討します(上限・計算式あり)。具体的には金融機関の案内に沿って進めるのが確実です。

Q5. 相続税や登記の期限が不安です

A. 期限は“話し合いとは別に”管理します。協議が止まりそうなら、早めに専門家へ相談し、後見・調停など「止めない選択肢」を含めて設計するのが安全です。

今日からできるチェックリスト

最初の一歩(これだけで前に進みます)

  • 相続人と財産の全体像を、A4 1枚で共有できる状態にする
  • 本人の体調が良い時間帯・場所で、60分以内の家族会議を設計する
  • 任意後見契約があるか(あるなら代理権の範囲を確認)
  • 署名が難しい理由を分解する(不安/体調/理解)
  • 期限(相続税・登記)をカレンダーで別管理する

「うちは任意後見がない」場合

任意後見は“今から作る”こともできますが、本人に契約能力が必要です。現時点で難しい場合は、法定後見(後見・保佐・補助)や調停など、別ルートでの前進策を検討します。

📞 ご相談はこちら
☎ 0120-905-336

「うちの場合、任意後見で進められる?」「家族会議の段取りを一緒に組んでほしい」「後見が必要か見極めたい」など、状況整理から一緒に進められます。

障害を持つ子どもの親亡き後を支える会 〒103-0013 東京都中央区日本橋人形町3-3-5 6階605 〒231-0032 神奈川県横浜市中区不老町1-6-9 第一HBビル8階A ☎ 0120-905-336 お子さまの将来に安心をつくるための制度設計を、 専門家と一緒に検討してみませんか?
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